上の池の水がいっぱいになると、下の池がかれ、下の池がいっぱいになると上の池はかれる。まことに不思議千万と村人たちが調べてみると、この池には大蛇が住んでいて、2つの池をかわるがわる呑み干していたのである。
そこで、勇敢(ゆうかん)な兄弟2人の落人が、大蛇退治に出掛けて行ってみると、年老いた大蛇の角が池の上に見え隠れする。
はっしと矢を放ち、見事に射殺(いころ)すと、あにはからんや大蛇と思ったのは大きな古鹿だった。兄弟2人は鹿の角を1本ずつかつぎ、兄が先になって帰路についた。鳴野原(なきのはる)まで来ると、前に行く兄の烏帽子(えぼし)が傾いているので、弟が矢先でなおしてやったら、兄は「後から来て俺を殺すつもりだったのだろう、家には連れて帰らぬ、お前はどこへでも行け」と言ってきつく叱(しか)った。
弟は泣きながら謝ったが、兄は頑(がん)として聞き入れず、兄と弟は男泣きに泣きながら別れたので、このあたりを鳴野原というようになったという。
この夫婦池は万之瀬川の右岸(うがん)、渓谷橋(けいこくばし)の下流三百メートルの所にある。私が子供の頃に見たとき、二つの池は赤茶色(あかちゃいろ)の水と普通の水とそれぞれ色が違っていたのを覚えている。